知的障害児教育施設として1954年に現在地に創設。映画「しいのみ学園」が全国に上映される。1979年、小・中学校義務教育完全実施に伴って、就学前児童の通園施設の社会法人として「しいのみ学園」が発足した。
代表者:昇地 三郎
なんども子供キャンプに中国の辺境に行っている精神科医の碇博士は、新彊ウイグル自治地区では白髯をたくわえ、哲学者のように威厳のある顔をした老人が鞭を当てて走るロバ車の荷台に、必ずといっていいほどに、少年・少女をチョコンと乗せ、砂漠の道を行くのを見て感動する。日本の我々は「人生最早期の養育環境はたった一人の母性に委ねられている」という前提に固執しているのは荒唐無稽という。地域社会で幼い子供たちと高齢者が出会い、互いに豊かな関係がもてるような生活を求めて「交齢社会(Inter-Generational Community)」の暮らし方を提唱する。
代表:碇 浩一
「教育風土」という言葉は高知県西部を蛇行しながら緩く流れる清流「四万十川」にまさにぴったり。1997年に西土佐村は旧廃校となった後者の再利用計画の中で、子どもを中心とした地域の生涯学習・自然体験型宿泊センターとしての四万十楽舎を創設した。木の田舎暮らしを体験する大人から、自然の中で嬉々として遊んで学ぶ子どもたちまで、21世紀の教育の姿をここに見る。
代表:山下 正寿
いまから30年程前は学力増進の時代でソロバンを習う子どもも多く熱心だったが、1980年代になり、電卓やコンピューターの普及でソロバンはもう不要とする考えが起こる一方、ソロバンを習う子の低年齢化が起り、今までのソロバン学習の方法では低年齢には無理なことがあることに気づいた。そもそも電卓では数の概念がわかず(暗算ができない)、計算に関する脳の機能が働かないので、電卓に任せることは子どものためによくないので、幼年期から数の概念を把握してソロバンを学習できるパスカル盤を考案したのが福田ソロバン塾だ。
代表:福田 ハルミ
北海道釧路郊外で生まれて、子どものとき、アイヌの子と遊んで、木刀、弓、木登り、魚とり、木の実とり山菜のつみ方等を会得した渋谷氏はプロのダイバーとして活躍中、潜函病で暫く休業をやむなくして、鎌倉寺で日曜禅などを経験したことがあった。病気が治って潜水の仕事に戻ったあるとき、潜水の待ち時間では禅の境地になりやすいことに気づき、水中塾を始めた。水中技のひとつの「浮き自然体」は力を抜き開放した状態で、「優しく」、「柔らかく」、「ゆっくりと」、「丁寧に」が自然にできるようになり、今まで見えなかった世界が見えるようになる。マインド・スイムのプログラムで生涯学習で人生を見直す契機をつくろう。
所長:渋谷 正信
「脱サラして イルカとの体験学校をつくる」
一流信託銀行員だった岩重市は偶々入院生活をしたときに、少年時代に鹿児島錦江湾で遊んだイルカのことを思いだし、あの光景を子どもたちに見せたいとの思いが募り、ヒトと動物との絆の立場から、心の癒し、健康、福祉を考えようと決心して、会社を辞め、東京水産大学大学院に入学、修士をとり、HAB(human animal bond)研究会をつくり、御蔵島などで、人とイルカの交流の体験学校「イルカの学校」を開いている。
イルカ研究会(HAB21) 代表:岩重 慶一
所長の平井雷太さんは「教える教育には限界がある」ことに気づき、「子どもが自分で進んで学習するようになるにはどうしたらよいか」を模索、そのためのコンセプトは「評価しない、目標を持たない、疑似空間をつくらない」こと、そしてそれを実現するための道具として「らくだ教材」、「インタービューゲーム」、「考現学」に到達したという。全国各地で学習コーディネーター養成講座を開いているという。学習したくなるように人を促す秘訣は何か。大いに魅力がある。
所長:平井 雷太
管理教育に反発する個性派の子どもを対象に、留学という教育環境の変換によって自立を促し、学びの面白さを自覚させる「転地療法」の実績を着実に進めているのが難波校長だ。不登校、引きこもりの子どもさん方が見違えるように積極的になっている数々の実例は、教育には環境がいかに大切かを教えてくれる。
代表:難波 三津子
カナディアン・アカデミー・セタガヤ校長
公民館・図書館で自由な生涯学習
「大航海」とはテーマを自由に発案し、ひとりひとりが船長となって、大海原に漕ぎ出す学びの冒険のこと。ときには嵐もあり、難破することもあろうが、自分だけの宝島や新大陸発見もあるわけだ。片岡氏はこのような大航海学びの場の設定に活躍しており、座間市あすなろ大学「大航海ゼミナール」を座間市公民館で実施されているほか、岡崎学楽塾(岡崎市立図書館)、八王子千人塾(八王子市中央図書館)等においてこの活動が発展している。
代表:片岡 則夫
共同生活の体験から人間関係や社会慣習を知って、人間的に自立を促すことは丁度中学生の頃に必要なことだ。順天中学高校が創立された天保の頃の私塾では、塾生同士の切磋琢磨の自主的、共同体的な伝統的教育環境があった。同校ではその伝統に帰る意味で、スクールステイを具体化している。全教師が交替で指導に関わり、食事賄いの専門スタッフや、卒業生の学生チューターたちのサポートもあって、活気ある教育の実をあげている。
代表:長塚 篤夫
順天中学高等学校 校長
