昭和60年頃からのビデオやテレビゲームなどの急速な普及を「お受験」ブームといった時代背景のもとで子どもの「遊び」が著しく変化したことに危機感を抱き、子どもたちが「人として」育ちやすい環境づくりの必要性を感じ平成15年9月に設立しました。

子どもを中心に、人々が生きる力を引き出しやすい環境づくりを目的として、・地域子供教室・子育て支援の場の提供・子育てに関する各種講座・地域安全マップづくりの指導・ヒトの教育の会長崎市部等の活動を行っています。

主に長崎シビックホールや長崎市立西浦上小学校で活動を行っています。

未来の子供たちのために、「今できる何か」「自分にできる何か」「自分にしかできない何か」を思いっきり表現し、行動していただける仲間をたくさん求めています。

代表 野口 美砂子

梧桐学苑の理念は、人は1人では生きていけない。人の愛情に支えられ、愛情を受け継ぎ、いつかはその愛情で人を支えられるような真っ直ぐな人になってほしい。

平安を表すとされる伝説上の瑞鳥、鳳凰は梧桐の木にしか棲まないとされています。また、「梧」には支えるという意味があり、梧桐はまっすぐに成長します。子供たちをしっかりと支えようという思い、真っ直ぐに育ってほしいという願いを込めて梧桐学苑を平成22年2月創設しました。

1人ひとりの個性を伸ばし、復学、登校継続、通学を支援します。

小学生・中学生・高校生を対象に、個性・適性を育み、1人ひとりに最適の道をご提案いたします。

訪問学習指導、通学学習等の学習支援はすべて個別指導です。

学苑長:中嶋 丈史

ここ数年、子どもたちの生まれ育ちの環境は、すべてが著しく悪化しています。
それが、保育園、幼稚園から小学校、中学校に到るまでの、不登校児の増大、学級崩壊、そして少年犯罪の増加などを引き起こしいるのではないでしょうか。
また、体格に反比例するような体力の低下、かつては成人病といわれた高血圧、糖尿症状などとなって子どもたちにも現れていることも自然・環境の悪化のためではないでしょうか。
われわれの次世代を担う子どもたちの未来は、その環境(育ち、教育、食べ物、飲み物、自然など)がより良くならない限り、まことに悲観的と言わざるを得ません。このような現実を直視して、何とかしたい、出来ることからしたい、と立ち上がったのが、私ども「NPO法人子どものいのちを守る会」です。

労働組合とは企業主に対しての賃上げ闘争のためのもののように思っていたが、イオン労組は「あらまほしき(こうあってほしい)世を具体化する」目的を企業主と共有して活動をしていることを知って大いに啓発された。イオン労組はこのためには「物から心へ」「経済的充足から精神的充足へ」と価値観の転換を図ることが必要と考えた。この目標実現のための戦略は、企業への「参加関与機会の増大」と定め、これを労組の「事業」と言っている。「生きることの志を高めるための事業」「働くことの志を高めるための事業」この事業を実践するものを「世話人」と呼び、「世話人1000人創造戦略」を立てている。

イオン労働組合委員長 新妻 健治


松下幸之助に見込まれて、松下政経塾・塾頭を永年勤められた上甲氏はその精神で青年塾を平成8年に開かれた。全国を北から南まで5ブロックに分けて、年間8回、週末から2泊3日の合宿研修で、「教えない、自分でつかめ」「研修のお膳立てはしない」「苦労して学ばないと身につかない」「掃除と食事つくりは必須のカリキュラム」「歴史を知り、時代を知り、自分を知る」ということを骨組みとしている。

青年塾塾長:上甲 晃


文化学院の創設者、西村伊作は1921年に当時の日本を代表する文化人、谷崎潤一郎、北原白秋、佐藤春夫、与謝野寛・昌子夫妻らと語らい、自由な学校を自力で作ろうと思い立ち、「生活を芸術として」、「小さくても善いものを」、「高価なものよりも美しいものを」という思いを文化学院の教育の基礎とした。この教育思想は昭和の国家権力から危険視され、開戦の頃には教師の半数は辞職という危機に直面するが、伊作は態度を変えることなく、ついに拘禁、学校は閉鎖、後者は軍に撤収されたが、戦後蘇って現在の崇高な姿がある。大正ロマンの初志を微動だにせず、個を守る戦いを続けているわが国唯一の尊敬すべき学校

代表者 文化学院理事長:西村礼門

NPO法人奄美青少年支援センター「ゆずり葉の郷」
1983年に三浦一広士は独自の合気拳法をもとに「奄美合気拳法連盟」を結成したが、1988年ごろから、消防士としての三浦氏がシンナー耽溺の青少年の補導にのりだしてから、本連盟は武道更正教育の役割を大きく担うことになり、2001年にNPO法人「奄美青少年支援センター・ゆずり葉の郷」が発足した。必要な場合には即座に現場に駆けつけて、彼らの本音を聴き、「すべての子にチャンスを」を、キャッチフレイズに、「許す・認める・慰める・励ます」ことを実行して、「君は必要な人間なのだ」「君は君だけにしかできない人生がきっとある」ことを自覚させ、生きる意欲を目覚めさせて次代の若者を育てている。


所長:三浦 一広


渚にたてば、脚は砂を踏み、海水に浸り、肺は海風を吸う。これ地球の3大圏(陸、海、大気)を同時に味わうわけであり、子どもはこの渚の恵みで自然な心をとりもどす。日本の美しい渚がつぎつぎと埋められていくのを見るに耐えられず、1978年に「渚を愛する会」がつくられた。会員約400人。1.子どもを潮干狩り、海水浴等で渚に連れ出すこと。2.渚の清掃。3.渚のコンサート、写真展、講演会等の渚に因むイベントの企画を行ってきた。死語になりかかった「渚」という言葉が最近復活して、教育効果は少しずつ見え始めてきた。

渚を愛する会 福田 正臣


西海町は長崎県西彼杵半島の最北端に位置する美しい海と島、緑の大地に恵まれたところ。しかし、農業という第一次産業が不振に傾いていく危機感を克服しようとして、廃木材をチップとして堆肥をつくり、土にもどすという廃木材再資源化事業を興した岩松社長が、有機農業体験施設、宿泊研修施設、無農薬食品加工施設 兼 お食事処を設立して、これが基盤となって「農業と教育を考える会」を発足したことは大変有意義なことと思われる。

株式会社 岩松社長 岩本 勘一郎


高校生の息子が奇病でたおれた。ラジオ・テレビで駆けつけ献血をして下さる方が名前も告げずにエレベーターから消えていく後姿に「菩薩」を感じ、寝棺の子に悟されて「もみじ」による昔の森つくり運動を始めてから20年が経った。佐賀県唐津市厳木町の作礼山の山懐の18ヘクタールの環境芸術の森。紅葉の秋ともなると、1万本のもみじが深紅、黄緑色とりどりに谷に錦を染め、別天地となる。自然石を伝って落ちる滝とせせらぎ、山腹をキャンパスと見立てての一幅の絵である。

環境芸術の森「林仙之塾」代表 鶴田正明


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